連載小説

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第一話出会い
あの頃憧れた男の背中は、きっと何処の街にでもいたであろう…そう、今の私だったのかもしれない。 あれは昭和五十年代初期、私がまだ中学校の卒業式を三ヶ月後に控えた頃だろうか。 当時の私が住んでいた不忍池に程近い台東区谷中には数多くの小説家の卵が住んでいた。 私の自宅の近所にもそんな名もない作家が住んでいて、学校の帰りにはよく立寄り、色々な話を聞かせてもらったものだ。 まあ、年頃の男が大人の男に聞きたいことと言えばもちろん(性)についてが大半を占め、この作家は私にとっては性についての先生と呼んでもよい程の存在であった。 私が学校帰りに訪ねると、決まって奥の書斎で煙草をふかし、当時流行っていたジャズを聞きながら新聞を読んでいた。 そんな姿に自分でも気付かないうちに憧れ、そして一生懸命に意味の分からないジャズに耳を傾けていたのを覚えている。 当時の私には交際している女性はいなかったが、密かに思いを寄せている女性がいた。 もちろん女性経験がなかった私は、夜も眠れない程に常にその女性のことを考え、毎晩のように自慰行為にふけっていた。 そんな私を見兼ねた作家が、アドバイスがあると私を呼び出したのは、コートを着ていても肌寒い二月の夕暮れ時だった。 そして、いつものように学校帰りに立寄ると留守なのか書斎には作家の姿はなく、寂しくジャズが流れいる部屋の片隅には、いつもの新聞だけが窓から差し込む夕日に照らされていた。 何かに吸い寄せられるように新聞を手に取った私は開いている紙面におもむろに目をやった。 するとそこには紙面いっぱいにギッシリと一目でそれと分かる妖艶な言葉から、当時の私には解読し得ない意味不明な言葉が濫立していた。 子供心に後ろめたい気持ちを感じつつも紙面に釘付けとなり右から左、上から下へと目で追っていた。 私の目が新聞の三段目中頃の「淫乱女子寮」を捕らえた頃だろうか、『ガチャ!』っと、扉の開く音が部屋中に響いた。 扉の開く音に反応し、私の心臓は破裂しそうな程に大きく脈を打った。 瞬間的に「怒られる!」そう思った私は新聞を片手にその場に立ち尽くしてしまった。 作家は静かに私のもとに歩み寄り、そっと私から新聞を取り机の上に置いた。作家は大きな革の椅子に腰を下ろしながら「お前にはまだ早い」。 たった一言そう言って微笑んだ。作家は机の上にいつも置いてあるバーボンをグラスに注ぎ、そして静かに話だした。
「女とは…、まず知ることだ」作家が言い放ったその言葉の意味を、理解できるようになるのは何年も先のことなのだが、妙に印象に残っていた。 最後にグラスのバーボンを全て飲み干し、「行動しなければ始まらない」そう言っていつものように新聞を開き、いつものジャズに耳を傾けた。 当の私はというと、作家の話を聞きながらも、先程覗き見た新聞のフレーズが頭の中をグルグルと回り、頭の中は爆発寸前であった。 「ピンク乳首」、「浣腸バイブ」、「縦割開脚」…。 意味不明な言葉たちに支配されそうになりながら家路につく私の頭の中をフッと「行動しなければ始まらない」と、言った作家の言葉が蘇った。

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